SPECIAL ISSUE|EVENT REPORT
DDDプロデュース公演 SEKAI
生き残ったのは、表現者たちだった・・・
DDDが初めてプロデュースしたダンス公演「SEKAI」が2009年11月22日(日)から23日(月・祝)まで、東京は青山にあるスパイラルホールにて行われた。バレエ、エアロビック、新体操、ジャズ、コンテンポラリー、ストリート、タップ、ラテン、チア・・・・・・。さまざまなジャンルのダンサーが1つのステージに集結、さらに音楽、ファッション、映像までもが融合した一大エンターテインメントショー。チケットはすべてソールドアウト、立ち見が出るほどの盛況ぶりだった。ダンスという共通言語でもって舞台を心から楽しむ気持ちが芽生えたとき、新しいSEKAIが生まれた??。
Jeffrey Daniel
translate Sako Ueno
photo:Toru Shiozaki

――共演者の印象は?
「サラは何年か前にYou tubeで見てすごいと思いました。本当にすごい、としか言いようがありませんでした(笑)。実際に一緒に仕事をするのは今回が初めてでしたが、実に多彩なパフォーマーですね。さまざまな引き出しを持っている。おまけに、ユーモアのセンスも抜群!」
――ラストシーンはまるであなたが出演していた『SOUL TRAIN』のように盛り上がりましたね。
「当時のテレビで黒人が演じる役柄といえば、ドラッグの売人か警察に追われる犯罪者が相場だったので、カッコいい服で決めたカッコいい黒人の若者がカッコ良く踊っている姿がテレビ画面に登場するなんて、本当に画期的なことでした。あの番組は、私たち黒人に誇りを与えてくれました。おまけに私は、とにかくダンスが好きだったから、夢中でした。後年、まさか、あのマイケル・ジャクソンと仕事をすることになるなんて、考えもしなかったですよ」
――映画『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』 が話題になりました。それについて何か思うところはありますか?
「あの映画は、マイケル・ジャクソンの、ごく当たり前のリハーサルを撮影したものです。特別なコンサートのために、特別なリハーサルをしていたのではない。私が彼とリハーサルをしたときにも、いつもビデオカメラが回っていました。後でマイケルが見て、参考にするためです。彼は、誰よりも努力する人でした。残念ながらマイケルが亡くなったため、皆さんの目にあの映像が触れることになりました。あのリハーサルの様子は、彼と仕事をしたことのある人たちにとっては、当たり前の仕事風景なんです」
SALAH
translate Sako Ueno
photo:Hiroyasu Daido

――公演を終えての率直な感想を。
「日本のダンサーと一緒に踊るのは、いつだって楽しいですね。練習熱心で、とてもフレッシュなエネルギーとスピリットを持っているが伝わってきます。今回の『SEKAI』がこんなショーになるなんて、予想外でした。文字通りの、フュージョン(と言いながら、両手の指先を組み合わせる)。しっかりしたコンセプトのもとで、いろいろなダンスが交わりました。出演することができて本当に良かった!」
――観客の反応はいかがでしたか?
「とても熱心で、フレンドリー。会場は、笑顔と笑い声で満ちていました。泣いている人の姿も見えました。悲しいからじゃなくて、嬉しくて涙が出てきたんですね。私も嬉しくなりました」
――共演者の印象は?
「ユースケ(大貫勇輔)はすごく良かった! アクロバット、コンテンポラリー、ウェーブ、なんでも自由自在。動きがしなやかで美しい。文句ないですよね。彼とのバトルを大いに楽しみました。日本の振付家とダンサーは、アジアのナンバーワンだと思っています。ただステージで、自分の内面をもう少しオープンに表現できるほうが良いな、と思うこともありましたが、日本人の特質として尊重したいです。真面目な表情を保つよう、教育されているんですね。時間に正確で、一生懸命に勉強する。踊りがとってもクリーン。感銘を受けました。感情表現の仕方も違う。僕はモロッコの出身です。モロッコ人は自分の気持ちをストレートに顔に出します。僕自身もステージで思いっきり感情を出します。より良いステージにするために。ステージは病院で観客は薬、というのは、私の持論です。だからステージに立って観客の前で踊っていると、この上なく自由になれ、自分のベストをお客さんに提供できる。お客さんが反応を返してくれると、なおさらハッピーになります」
この続きはDDD2・3月合併号で
















